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親たちは私に、「子供の科学」と言う雑誌を毎月買ってくれました。その中に鉱石ラジオの作り方が載っていました。 小学三年生でしたが、苦労して部品を買い集め、とにかく放送を聞くことの出来る鉱石ラジオを作ったのです。これは忘れられない思い出です。 鉱石ラジオ 小学校3年生の時は思いで深い時です。これはらは忘れられない思い出です。 この時の経験がづっと後まで影響を与える事になったからです。 スキーもそうでしたけれども、木琴も自分のを持っている子供はクラスで私だけでした。 嬉しくて、得意になって演奏しました。すぐ出来ました。 私の音楽に対する理解はその時できたものと思います。その後ギター、尺八と続き、私の子供の音楽好き、更に孫の音楽好きへと伝わっていきました。 音楽ももさる事ながら、3年生で鉱石ラジオを作ったのです。 もっと小さい時から電気には興味を持っていました。 鉱石ラジオと言うのは、電線をぐるぐる巻いたコイルというものと、金属の羽の出入りを調節出来るようになっているバリコンと言うものと、鉱石だけで出来ています。 たった3っつの部品で出来ているのですけれども、ちゃんとしたラジオ受信機です。これにレシーバーと言って、ヘッドフォンのような物を付けて聞くのです。 子供の科学と言う雑誌を親が買ってくれました。おおやけどの原因も電気工事の真似にあったのですが、そのことと関連付けて、私が科学に興味を持っていることを見ぬいたのですね。 今思うと立派な両親だったと改めて感心しています。 その子供の科学という雑誌に鉱石ラジオの作り方が書いてあったのです。 一番困ったのが、そういう部品をどこに売っているかと言うことでした。 当然家は農家ですからそんな田舎に売っているわけはありませんし、町へ行くにしてもどこにあるかが私も、両親も分からなかったのです。 しかたなく本物のラジオなど売っている電気屋さんで聞いてみましが最初の2〜3軒は御存知ありませんでした。最後の所でやっと教えて頂きましたが、結局そういう部品を売っている所は、町中で一軒だけだったのです。 小遣いをため、やっとの思いで入手して作り上げました。キットものではありませんから、カチャッカチャッと嵌めるだけで出来るものではありません。 近所のお兄さんにもコイルの巻き方を指導してもらいました。 鉱石ラジオとしての形を作らねばなりませんから、のこぎりで板を切ってL字に作り、その後側に部品をつけます。 鉱石だけは表に出します。 アンテナも張らなければなりませんから、家の庭に高い棒を立てて自分の部屋まで引き込みました。 そうやって苦労して作った鉱石ラジオですが、嬉しかったですね。音が聞こえた時。小さい音ですので耳を済まさないと聞こえないのですけど本当に嬉しかったです。 楽しんでいる時、おじさんが来ましたので、「聞いてみてよ!」と言って無理やり聞かせました。 でも、本当にお前が作ったのかと言って褒めてくれました。 この鉱石ラジオは、結果として、電気と言う私の人生の根幹をなすものになりました。 本当に忘れられない思い出なのです。 |