|
|
物理と数学だけで入ってきた大学です。しかし大学の学業としては他の科目もあります。総合点でクラスの上位にいないと給費生の資格を失うことになりますので、忘れられない思い出があるのです。大学生活は楽しくもあり、大変さもありました。 大学生活 この大学で給費生試験に合格して入ってきたのは、電気工学科では私一人でした。130人くらいの中で一人だけです。給費生というのは大学からお金を支給され、その中から授業料など必要経費を支払うのですが、会計課の方で伝票操作され、はい支給したよ、じゃ受け取ったからね、という具合になっています。 ですから私はお金を貰いもせず払いもせず、それでも授業を受けることが出来ました。 しかし、それには条件がありました。クラス(130人)の中で20番程度以内の成績を取りつづけないと、給費生の資格がなくなってしまうのです。 色々の科目がありますからそれを維持するのは結構大変でした。物理と数学だけなら自信はありましたが、特に低学年の頃は科目が多かったものですから。 選択科目はドイツ語にしました。ドイツ語なら、皆がはじめてなのだから、高校のときのハンディーはないはずだ。と考えたのですが、甘かったですね。 ドイツ語もなかなかうまくいきませんでした。私は語学は本当に駄目なのです。苦労しました。 最も苦労したのが、必須科目の英語です。 あるとき、とうとうカンニングをしてしまいました。隣の友人と答案用紙をさっと取り替え、その友人に私の答案用紙にも記入してもらったのです。 その日のテストを終わって、帰るには帰ったのですが、ものすごく気になってしまいました。これがバレルと全科目0点になりますから給費生の資格までなくなってしまうかもしれません。反省しました。こんなことするのじゃなかったと。 それで、思い余って次の日、英語の先生の所へ自首しました。そうしましたら、「ま、自分から言いに来たのだから許してやるか。この試験は受けなかったことにして、追試で頑張りなさい。」ということになってやれやれでした。 追試は合格点をもらえましたし、ほんとにあんなことするんじゃなかったと反省しました。 こんな苦しい思い出もありますが、楽しかった思い出もたくさんあります。 忘れられないのは学生でありながら先生の助手として給料をもらい、他の学生を指導したこととか、彼女と付き合ったこととか、数えきれないほどの思い出があります。 この大学を選び、ただ楽しかっただけでなく、人生のために本当に良かったと思っています。 |